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飲める泥

飲まない方がいいです

キツネの顔

 あ、と思った。実際に声がて出ていたかもしれない。

 退屈な語学の講義の時間である。どちらかといえば夜型の私には、一限から異国のことばを聞かされるのは苦行でしかない。頭がボンヤリとしてまぶたが重たい。睡魔から逃れるために首をグリグリと回している時だった。私は前の席に座るからし色のサマーニットを着た女子学生の背中から目が離せなくなった。ニットの編み目のひとつひとつがキツネの顔だったのだ。

 一匹は獲物をねらうような目つきでじっとこちらを見つめている。一匹はネズミのような小動物を口にくわえている。一匹はもう一匹と顔の毛をなめあっている。無数のキツネの顔が女子学生の背中の上で好き勝手にすごしていた。

 私は一匹の、気持ちよさそうに寝ているキツネの顔に手をのばした。途端、キツネは目を開き「ギャーッ」とけたたましい声で鳴いた。

 同時に、講義の終わりを告げるチャイムが鳴った。キツネの顔はみな、私をにらみつけていた。四月の、いやに暑い日のことだった。