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飲める泥

飲まない方がいいです

面白い人間になりたい。(2016年7月21日)

再掲

 他人から面白い人間だと思われたい。しょっちゅう人間へのヘイトが溜まり鬱々とした気分になるけれど、やっぱり人間のことが大好きだから、好かれるまではいかなくとも嫌われたくはない。薄々気がついてはいたが、私は、中高時代の才女と彼女が所属していたグループの人間たちに嫌われていたらしい。改めて聞かされるとショックだった。私は彼女のことをすごく評価していて、とても頭がいいし話も面白いし、好きな人間であったためかなり傷ついた。空気が読めないところが嫌われていたそうだ。何でもかんでも病気のせいにするのは良くないとわかってはいるが、空気が読めないのは十中八九発達障害由来のものだし、しかも中高時代はまだ自分が発達障害であることを知らなかったので今以上に自分をコントロールするのが下手だったのだ。それに、まだ両親とのしがらみもあった頃なので本当に毎日押しつぶされそうで苦しかった。彼女と同じクラスになったのは高三のときだけなので彼女が私が抱えていた事情を知らなかったのは当然だし、また私も彼女の本質を未だ知らないままである。「空気が読めない」という一点で悪印象を与えてしまったのは非常に悔しく、悲しいことではあるけれど、仕方のなかったことなのだろう。

 今の私は中高時代の私とはだいぶ異なる。自分が発達障害であることを知り、親とも和解し、一人暮らしを始めて、バイトもわざわざ接客業を選んだ。「私はこんなに相手を思っているのに!」というような押し付けがましさが薄れ、自分の言動によって他人の気持ちがどう変化するか昔よりは想像できるようになったと思う。以前と比べれば人の目を見て話すことができるようになったはずである。表情が豊かになったと親に言われた。私はもう、暗くてコミュ障気味で頭がおかしい少女ではないのだ。

 私のことを嫌いだった人たちにも「面白い人間だね」と笑ってもらいたい。昔はみんなに好かれたいと思っていたけれど、「じゃあ好かれる努力はしたの?」と中高時代の数少ない友人から聞かれハッとした。無条件で人を好きになる人間などいない。私は人の気持ちを想像するのが不得手だし、想像できてもつい自分の感情を優先してしまいがちだが、(自分で言うのは気恥ずかしいが)心優しい性格で、他の人たちとは違う独特の思想を持つ人間であると思う。好きとか嫌いとかは正直もうどうでもいいから、「こいつバカだなぁ」と笑ってもらったり、「こんな考え方をする人間がいるんだ」と興味を持ってもらえたら嬉しい。面白い人間になりたい。